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第5章 長編叙事詩 (5)

ゴータマ・ブッダ                          次ページ へ
 


ルンビニーの陽の出
 (伊藤 泰助)

序章 イクシュバーク

時間とは点であった。線でも面でも立体でもなかったし動態でも静態でもなかった古代アーリア人の数 千年に渡る巨大な移動の展開は 、時間を点とする考えのそこに由来していた 中央アジアに住むアーリアの一部族はそこを発し狩猟と採取の生活を営みながら 進み留まりまた進み戻ることなく南下を続けニ千年という点をくぐりぬけ イラン高原に出て更に東に展開しヒマラヤア山脈を遠望する バーギラー河のほとりに達した 大気は澄み鳥は歌い濃い緑のピッパル樹が生い茂った肥沃な大地であったイクシュバークを王に頂いた太陽の末裔シャー キャ族は、此処コーサラにその定住の居そ定めた。 (紀元前10世紀のころ)

第1章 マーヤー

イクシュバークの時代から更に五百年が経 てシャーキャ族はその最盛期を迎える狩猟と採取の生活は水耕稲作 を主とした定着農業へと定着し、邑々の長老からなる合議制の下でスッドーダナ王の治世の時代となっていた壮大な宮殿の召使たちには常時白い飯と肉とがまかなわれ余った食物は宮殿外の貧しい人々にもも分け与えられた人々は 勤勉にして自由であり豊かな生活をj享受していた。 スッドーダナはネパールの姫マーヤーを王妃として迎えたマーヤーはスッドーダナ に従う影であった影として目立たない美徳を生まれながらにして身につけていた

宵の明星がヒマラヤ山の山頂にかかった日の夜であった
満 天に星々はきらめき月は煌々ととして昼のように明るかった。

マーヤーは寝室のカーテンと窓とを一杯に開け放った。

どこまでも澄んだ雨季明けの硬い大気と

月と星々の光は寝室の隅々までをもを満たした。

スッドーダナとマーヤーは月と星々の光とヒマラヤの大気の衣をまとった。

マーヤーは自らも温かく柔らかな光を発していた。

二人は一対の弓となり二つの弓の弦は切れて重なった。

 
マーヤーは身体のなかに何かが生じたことを識った

不思議な感覚であった

その感覚は身体の一番深い部分の何処かにあり

それは温かい光の靄であった。

靄は身体のなかにあったが同時にそれは彼女全体をも包み、また

何処か無限の遠くまで繋がる不思議な広がりをもっていた。

その靄のなかで二人は深い眠りに落ちていった。

マーヤーはスッドーダナに懐妊を告げた
スッドーダナはに出産ため の壮麗な宮殿を築く、と言った

マーヤーは言った

「私は私の郷里ソのヒマラヤとカラコルムの花々のなかで
 
この子供を生みたい。」
 
静かに動く宮殿十頭だての黄金で飾られた牛車が用意された

臨月に近く、百人の随員を従えマーヤーは妹のマハーパジャーティに付き添われ牛車はカピラバストの宮殿を発った。 四日目 の早朝、聖水をたたえた池で沐浴を終え一行はルンビニーを通過しようとしていた。マーヤーは 予期もせぬ陣痛をマハーパジャーティに訴えた マハーパジャーティは澄んだ陽光が柔らかく降り注ぐ一面菜の花の咲き盛る大平原のなか進路の前方に乱れ咲く様々な花に囲まれた樹齢千年の ピッパル樹が大きくその傘蓋を広げる台地を見たマハーパジャーティはそこまで行くと牛車を止めさせたピッパル 樹の傘蓋の下、花々の芳香のなか、マハーパジャーティはマーヤーの胎内から出たシッダルタを抱き上げた吉報を乗せて一日に 千里を悠に走る伝令の 汗血馬が西と東に走った

軋みも揺れもなく静かに動く宮殿のなかで行程を続け父母の元に戻るに支障はない、とマハパジャーティは考え ていたが、暗い雲は急を告げ、翌日マーヤーの容態は急変した高熱のなかでマーヤーは妹に言った、「夫のもとに戻りたい。」  西と東 とから戻った汗血馬は昼夜を厭わずマーヤーの思いを背中に、それぞれに踵を返し再び走った同時にマハパジャーティは 、カビラバストの宮殿に戻る、との決定を下した

カピラバストの宮殿に戻ったマーヤーはシッダールタを生みおとした七日後の 夕刻に高熱から開放されて目を覚ました宵の明星がヒマラヤの山頂にあったスッドーダナは寝室の窓を開け放った。シッダールタはマハーバジャーティの腕のなかで眠っていたあの夜と同じ、とマーヤーが言った。私がこの子を育てますとマハーバジャーティが言い、スッドーダナはそのようにする、と言った。マーヤーは静かに 頷いて息を引きとった。  
 

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