と或る山奥の破れ寺に老僧ひとり住みてあり、某日一人の虚無僧の訪れ
るあり。 虚無僧、懐より取り出したる一枚の破紙に押された印影をうやう
やしく老僧に示し たり。
老僧みてやれば、欠けたるが如き枠のみにて中は空っぽにして文字もな
し。「こりゃなんじゃ」 老僧いぶかしがりて尋ねしところ虚無僧答えて曰く
「方寸にして能く宇宙を宿す、と聞けり。まっことこれ究境的かつ絶対的な
る空の印形」
老僧静かにうなづき答えて曰く 「喫茶去」。 虚無僧出された茶をガブリと
飲み干すや上目遣いに老僧をにらみながら尚尋ねたり、「そもさん」
僧の怒髪天を衝き、やにわに老僧かたわらの木魚棒にてかの虚無僧の
脳天を力まかせにぶったたいた。
ポッカーンと木魚よりもはるかに良い音が響き、一瞬、虚無僧は脳震盪
まるで天国にいるような良い気分、ハッと気がつくとかの虚無僧やにわに
「我得悟得悟、退散退散」 と言い残しスタコラサッサと逃げて行った。
と、いうおはなし。