プレリュード・序 詩 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 | 第 5 章 | 第 6 章 | 第 7 章
第 8 章 |  第 9 章 | 第 10 章 | 
第 11 章 | 第 12 章 | 終  章 | BACK TO TOP

終章 へ

第12章 光と影 (9)

私が詩作する理由に執いて
 


人生の半分は確実に過ぎた.五十歳を迎える今頃になって
、自分は.何故に詩を作のだろう.という素朴な思いが湧き、考えてみました。  
 
明確な結論として
、詩作するという.そのことの中には.完全な自己の自由.がある、という事実に気づきました。  
 
本当の自由とは.各個人の精神の裡に内在するものであって
.外面的な形になったものではない、という考えに至ったのです。
 
このことは.唯物主義に対するアンチテーゼでも
、逆にまた.精神主義に対する信奉でもありません 。なべての何々主義.といわれるものから隔絶された場 、そうした立脚点を称して.自由というものなのだとする考えに.私は至りました 。詩即自由.とするこの考え方は.一方では.非常に怖ろしい立場に.自分自身を置くことにもなります。  
 
換言すれば、守りのない思想.にこの身を置く
、ということになります。なお言えば 、詩作する過程とは 「ちょいと寄りかかる」 には都合の良い思想や.理論の体系を持たない立場に.この身を置くこと 、ということであり、それが.詩作という作業の根元であると私は考えます。  
 
私の依って立つところ
、それは 「自由」 です。そして私の目指すところの.究極は、絶対的芸術としての.詩の領域です 。そのための旅は.いま始まったばかりで 、そのためのささやかなモニュメントが..ここにこうして成立した。ただそれだけのはなしです。