高村 光太郎 特集
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女医になった少女  

松本 いずみ 朗読


 

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 おそろしい世情の四年をのりきって
 少女はことし女子医専を卒業した。
 まだあどけない女医の雛(ひよこ)は背広を着て
 とほく岩手の山を訪ねてきた。
 私の贈ったキユリイ夫人に読みふけって
 知性の夢を青々と方眼紙に組みたてた
 けなげな少女は昔のままの顔をして
 やつぱり小さなシンデレラの靴をはいて
 山口山のゐろりに来て笑った。
 私は人生の奥に居る。
 いつのまにか女医になった少女の眼が
 烔るやうなその奥の追い足る人を検診する。
 少女はいふ。
 町のお医者もいいけれど
 人の世の不思議な理法をなほ知りたい、
 人の世の体温呼吸になほ触れたいと。
 狂瀾怒涛の世情の中で
 いま美しい女医になった少女を見て
 私が触れたのはその真珠色の体温呼吸だ。