何故か知らない

 
二晩まえ熱気球のなかで
 
君は空高くあって
 
私の手が離れるまでは
 
その存在は私の手に結ばれ
 
君は膨らみつづける円のなかで回転し
 
私の頭上で激しく空転したが、
 
私には何故だかわからないのだ
 
それから君は航路から外れ上下し
 
落ちてまっさかさま
 
耳をつんざく強打とともに
 
地上へと落下した
 
 
     ボロきれの着衣の回りに
 
     焼け焦げた閃光が起り、そしておそらくは
 
     死の臭い
 
     何故か知らない
 
     私の涙腺は乾ききっていたのは
 
     おそらくは二晩まえのことだったからだ
 
     あのことはそんなにも前のことだった
 
 
        けれど昨夜、私たちはすべからく
 
        慣れ親しんだ砂漠のインダスの
 
         町の家に帰った
 
        花は咲いてはいなかったが
 
        花壇さえそこにはあった
 
        何故だかわからない
 
        おそらくは、あまりにも遠い昔にそこを去ったからだ
 
 
            けれども私を送り返し
 
            あるいは君自身が行く、と君は言った
 
            私には何故だかわからないのだ
 
            君は鉄道の駅へと歩いて私を送ったのか
 
            あるいはそれが海辺の埠頭へだったのか
 
            私には思い出せないのだ
 
             また、それが何処か知らない方向へと
             私を送りだすためだったのか
 
            あるいは君自身が行くためにだったのかも
 
            私には思いだせないのだ
 
 
               君はその頭を私の上に憩わせたが
 
                悲しみが流れる夥しい激流のなかで
 
                私の涙腺は乾ききってはいなかった
 
                そして私の肩にまとわる腕は
 
                私の行くべきところに
 
                あるいは君自身を私に、
                 あるいは他の誰かに示すために
                 歩いて送ったのは何故だったのか
 
                私にはわからないのだ
 
 
                    そして五月に私たちの砂漠の町で
 
                    氷のような風から守るため
 
                    私はぶ厚いコートに包まれていた
 
                    私の内面のあらゆるところに吹すさぶ
 
                    恐ろしい疾風
 
                    おそらくは
 
                    そんなに前のことではない
 
                    それはすべて昨夜のことだった
 
                    私は知らない
 
                    私には思いだせない
 
                    私には何故だかわからないのだ


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