ジアの死の初七日に


ジアの死の初七日に
空っぽの枕もとの傍らに私は膝まづいた
私が悲しむのは彼の死についてではない
私は私たち自身のために泣くのだ。

ベガン・アクタールの嘆きの
テープに録音された叫びに対してと
ジアの諜報活動の
地獄耳を打たんと
私が秘儀の祈りを唱えたのは
この場であった。

五月に私たちが春告草を最初に見つけたのは
この場であった
そして遂に我々が到着したのだという
抑えていた驚きが君の口をついた
然しそれからジアの死の初七日に
我々は東に顔を向けることをやめた

「首なし」 とはベナジールが言ったことだが
我々がジアの死の初七日を
終えたとき
彼には西側に顔を向けることはできなかった


1990年2月3日 デリーにて

 

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