カエナの海の言葉
1
風は絶壁を切り刻み
鳥たちは大気の茫漠のなかに叫びをあげていると
いうのに
何年ものあいだ私たちに信頼するという勇気を
与えてくれていたあの声は何処に消え去ったか?
私たちはその生のなかでこの傾斜する岩だなに到
るとき
眼下の海の黒いひだひだのなかに駆り立てられ
構成分子の集積した重量の下に、消え去ってしま
ったかに見える
あの言葉をもういちど見つけださなければ、と思う。
2
太陽はおとろえている。
四百本の黄金色のオールに放射されて、
太陽は天の飢えきった青に傾斜し
移行する、
そして海は火となって湧きかえる。
太陽は前方に沈む。
私たちが聞こうとしていた音は掻き消える。
3
カエナ、海。
原始の海水はこの渕々に存続し
沈む太陽の黄金に燃え。
明るい雨はその渕を満たしてきた
そして潮は過去をおおい沿岸の岩を掻き分けて進
む
4
カエナ、断崖の湾曲した翼。
その翼は、砂埃の味のする
鳥の荒々しい喉を掻きむしり
岩と干からびた泥土との広がりのなかにまっすぐつ
きだす。
その灰色の翼が到る場所に対峙して
無垢の端のむきだしの海に
接岸する黒い岩と赤い岩が海から突き出す。
年々白い波に打ち砕かれながら、
岩々は立ち続け愚かしく成長してきた。
次の時代にも直立し、とどまり
飛翔に逆らい。
青い大気の中まっさかさまに海の縁へと
落ち込みながら、断崖は上方にそれ。
寄せる波はどっと打ち砕け、
そして、緑の水面の下、岩々は堪え忍んでいる。
5
まるで半分眠っているかのように、
鳥たちの鳴き声と引き潮どきの海が海岸線を引き
下げる
鳥たちも静かなそうした夜のカエナでは、
ときどき、昔を偲ぶ
歌のような声のような旋律が現れる
あの世へと走り去った人々の幽霊たちが
歓喜し、
岩々の上を這いながら、
夜がその背後になだれこむにつれ脇の小道でそろ
ってシュプレヒコールを唱える。
この世が始まったとき
静かに海をおおう巨大な鳥の翼が
塵となり消え去らぬよう人々を覆った、と信じられて
いた。
その説話を信じ
人々は死という理解しがたい海の中に突進してい
った。
彼らの生命力はいまもなおこのことを私たちに物語
っている。
6
私たちは現代という時代にある。
私たちが事象に与える名は
かって人々が与えた名のそれと同じではない。
私たちは元来理解し得ないのだ。
けれども海は昔からのそのままで。岩々は変ること
なく。
生きとし生きる存在が留まる信条によって、
また、押し寄せる大音響の磯波のはるかな下に、
沈黙して世界は基礎を置いていて、
ただ永遠の言葉だけが留まる。
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