東西南北雑記帳    BACK    NEXT

詩の翻訳技術あれこれ
日本語、英語どっち?

以前に芭蕉のキツツキの俳句について Cid Coman の諧謔について本稿のどこかで触れてお りますが、これに関連して更にちょっとしたことを記してみたいと思います。それは最近の私の詩作方法についてであります。

ここ一年半ほどの間、私は日本語での詩の発表をしてはおりませんでした。その理由は単純で、面倒くささを感じてきたからでありました。原文はほとんどの場合母語の日本語でありますが、これを英語に置き換え最終的な推敲に至ります。それを何と説明してよいのか分らないのですが、英語での思考方法と日本語でのそれとは、不思議なことに、まったく違うのです。結果、イメージが脹らみ原文とはかなりに違ったものになり、そうしますと今度は日本語の原文をも変更せざるを得ず、体力と気力とを消耗したまことにやっかいな作業をしなければならなかった、ということがその背景であります。それとまた、日英中の三カ国語からなるこの Poetry Plaza の正式言語は広く公用語としての英語とする基本に立脚していることにも起因しております。

最近に至りまして事態は実に急を告げ、黄斑変性による私の視力が何時まで持ってくれるかという深刻な局面を迎えており、時間との勝負になってまいりました。状況下、このサイトの全ページを横長モニター画面に合致するようデザインの変更すると共に、古い番組は割愛した次第であります。視力は持って一年か、とも思われますが、まったく予測はできず、定期検査のための病院に通うこともやめました。工夫して病に親しもうと考えた結果であります。このように腹が決まりましたのは次の詩を作ってからのことであります。

MEIN KAMPF
Laissez-Faire, Laissez-Passer

I have no family.
I have no friend.
I have no lover.

I have
living dead eyes.


難波のことは夢のまた夢

英語版詩集 "at Dawn" 完成を機にこのサイト Poetry Plaza が成立しましたが、その成立にあたって当時の状況をと私の心象を記した詩 「プロジェクト at Dawn" 3・22」 があるのに気付きました。振り返ってみますとあの当時が懐かしく思いおこされます。

このサイトには Phyllis Hoge Thompson, Jeanne Shannon, Aftab Seth 各氏の参加を得てのち、中国語版の翻訳者である魏剛くんの協力を得て、あまり例をみない三カ国語による現代詩のサイトへと発展して今日に至っております。なかでも重要なことはその後、高須賀隆子さんの参画を得たことで、おそらく彼女の写真プログラムのページが一番にアクセス数を得ているのではないかと思われます。概略、上記の経緯を経てのち現在、その綱領は 「芸術の総合化への一つの試み (An Attempt to Integrate the Arts)」 の標語に集約されます。

中国語版を増設した前後から他言語への展開をも目論んでおりまして、なかでもスペイン語版をやってみたいとの思いが強く、たまたまスペイン大使館を通じてお話をさせて頂き Casa de Asia というスペイン国営のサイトで募集宣伝をして頂いた経緯もあり、また Phyllis Hoge Thompson 氏もフランス語版増設につき具体的なご尽力を頂いた経緯もありましたが、残念ながらいずれも結実するには至りませんでした。

現在の私の状態からいって何時までこのサイトを継続できるか分りませんが、主要メンバーの高齢化ともなっている状況下、Panta Rhei (2)の詩を以ってメンバーへのメッセージとした次第です。

日本語訳
 
なべては流れる

人間の歴史のなかの
重要な資産である
ルトアニア詩のサイトが
インターネットから突然に消えた

何が起ったのか
いま何処に眠っているのか知るよしもない
けれども、私は Poetry Plaza のメンバーの
訃報を掲載することはないだろう

ボビーは仰向けになって
手足を伸ばし
私の傍らに寝転んでいる

 

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