マハートマー ガンディー 詩集

 あ と が き

横川 秀夫


インド大使館文化部から、ガンディーの明言集についての翻訳の依頼がありましたのは、半年ほど前のことであったと記憶します。私にとりましてはまったくに突然のことであり、要を得ず戸惑いましたが、概略をお聞きしましての私の答は、明確に 「ノー」 でありました。その理由につきましては、その電話でのなかでお話し致しましたが、二つありました。

一つには、ガンディーという、世界の歴史のなかでも、巨大な足跡を残し評価の確定した人物の翻訳は厳粛な 「学」 の領域に委ねられるべきであり、いま一つには、ガンディーの著したものであれば、この国に翻訳紹介されていないはずがない、という考えからでありました。

しばらくして、今度は大使室付の岩永女史より連絡があり、今回の著述物は日本では未発表であり.翻訳されてはいない、またこれは大使ご自身の私に対する.個人的な要請でもあり、一次訳は自分たちでやるから力を貸して欲しい、ということでありました。女史とは過去に大使の詩集 「風景画のいしぶみ」 の翻訳とその出版などを通じて何度もの面識もあり気心も知れており、またその電話での女史の話しぶりのなかに.大変な熱意を感じとりましたので、おたがいに慎重にベストを尽くす、ということを条件にお受けした次第であります。そして、私のほうは原文主義に則って見るので、少々の飛躍的な翻訳でかまわないから.早急にやってみて欲しい、とのコメントをも付け加えた次第であります。

お引き受けし、翻訳の監修作業を通じてつくづく感じたことでありますが、一体に哲学書というものは難解であります。が、今回のそれは飛びぬけて難解であり.また複雑でありました。このことは、その背後に絶えずウパニシャッド哲学、あるいは広くインド哲学といったものが、その底辺に厳として横たわっているからであろう、と再々考えさせられた次第であります。

まがりなりにも監修の作業を終了し、上梓についての打合せを終了致しましたのは、九月二日のことであり、発行日の九月二十四日までの校正、版組、印刷、そして製本までの三週間の期間は、文字通り突貫工事でありました。今この手記を書きながら個人的に思いますことは、これで良かった、という深い実感であります。

「これで良かった」 という実感は何処から来ているかと申しますと、ガンディー という存在は.言わずもがな、世界史のなかでも抜きみでて巨大であります。そして一般に、思想家であり政治家であり.哲学者であり、なかんづく、聖人であります。その一方でこの国では、子供たちからは 「ガンジーのおじさん」 と呼ばれる側面をも持っております。監修の作業を終了し思いましたことは、一体にガンディーを突き動かし続けたものは.根源的に何だったのだろう、という素朴な疑問でありました。

Impact India Foundation から出版されたこの本の原題は "GANDHI" であります。が、それを 「マハートマー ガンディー詩集 神よ」 と致しましたのは、上記の感慨に由来しているところでございまして、ひょっとしてガンディーを突き動かし続けたものは.詩ではなかったか、と考えた結果であります。詩とは何であるか、につきましては多々議論のあるところであります。多くの冠称を有するガンディーはまた、抜きみでて偉大な詩人であった、ということをこの一書は指し示ている、と私は考えます。

今回の翻訳監修という責任のある重大な仕事を、本の製作までをも含め、未だ未熟者である私にお任せ下さった、優れた詩人である、前駐日インド大使 アフターブ セット閣下に深甚なる.感謝の意を表明する次第であります。

(2003年10月3日 識)

 

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