あのころに花の冠はなく


 
        私たちが戻る道すがらずっと
 
         金盞花の花々が咲いていた、
 
         歯ブラシの上を
 
         蟻の軍団が這いまわる
 
         砂漠の死者の土塁の途中、
 
         害虫の救命ブイのケーキのむさぼり、
 
         パキスタン旅行者のむさくるしさですら
 
         覆いかくすことはできない
 
         早朝の露のなかの春告草、
 
         道すがらずっと
 
         金盞花と花の冠が続いた。
  
 
            家に戻ると金盞花はなく
 
            荷物の詰まった沢山の段ボール箱や
 
            踏みつけられてこわばったベッドのなかで
 
            策略を用いるにしても
 
            移るべき部屋もなく
 
            君はあざ笑って馬鹿にして
 
            「使命完了」
 
            いいや、あのころに花の冠はなかった。
 
 
               あの雲ひとつない日の午後
 
               花の冠はなかった
 
               竹製の椅子に座って
 
               裕仁の死と
 
               日本人の誇りとについて私が話していると
 
               君は苦情を言う
 
               「うるさいわねえ」
 
               いいや、あのころに花の冠はなかった。
 
 
                  あのジャーデンのゴキブリの朝
 
                  金盞花はなかった
 
                  戸口の上り段で私たちがよろめき
 
                  ただ一つ開いている窓の傍らで
 
                  空気を求めてあえぎながら
 
                  悲しみの恐怖のなかで君は叫ぶ
 
                  「なんてことを」
 
                  いいや、あのころに花の冠はなかった。

 

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