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第3章 記憶 (8)

旅 人


十数年前まで繁く通っていた

新宿の学校という妙な名前の飲み屋でときおり

ジャックと呼ばれるユダヤ人の青年と出会った

私より幾歳か年上かないしは同年かの

黒いちぢれ髪の小柄な男だった


飲みながら英字新聞のクロスワードパズルに
ひとり興じたりしていて

話しかかると

一種スットンキョウなユーモアで応じてきた

酔いがまわり気分が乗ると

ハーモニカをとりだし

   (どこのポケットからともなくとりだされる

    そのハーモニカは大小さまざまで)

実に佳い音楽を奏でていた

ジャズが主だったがフォークもロックも自在になんでもこなした

  (特に深夜閉店まぎわでのソウルものは

   今でも私の記憶にこびりついている)


勤め先の変更もありたまにしか飲に行かなくなったそんな頃
彼はシェーキーズというピザパイ店のデキシージャズバンドと共に

ステージでその得意のハーモニカを演じ

レコードを出した旨を伝え聞いたが

それからしばらくして風の便りに

彼は死んだ、と聞いた


死因についても
どのように弔われ、そして

何処に埋葬されたかについても

私は尋ねようとはしなかった


が、私の記憶はいまよみがえり
彼は
 
自分自身がそれと気づかず
 
心おきなく精一杯に生きた男の一人に
 
まちがいはない、と
 
考えるに至った
 

不思議な印象を残して
逝った