フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (9)
横川 秀夫訳

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ドアの光


オーリエンズでだったろうかコベントリーでだったろうか
私たちが最後にすごした古い家でのことだったけど
細長い楕円形の窓のついたドア。
わずかな面にかたむく、青い光、消えそうな光、は
その瞬間に、歴史の時間の中に消え去った。

もともと、悲しみの井戸からはなにも掘ることはできない。
だから、そこにはなにもない。未成熟な森林地帯の
静かにうずまく記憶のなかの霧ではなく。
湖岸をなめるそよ風にふかれて寄せるさざ波ではなく。
うつろいゆくたおやかなスミレではなく、
うつろなスイカズラの扉でもなかった。

この悲しみはどこにでも満ちていて。なぜだろうと思うのだけど、
それらは私たちがいまだ知らない
あの光、ライラック、うつつのようによぎる斜面 ― おもたさ。
ふるい家のなかの
このまどろみのひとときこそ、素晴らしい
思いのひととき。私たちがこがれていたもの。

まるで光りかがやくドアを開くことができるみたいに、
なかに入りこんでゆく、黒バラ色の高天井の部屋
そして、高窓のゆれ動くガラスをとおして
ちがった角度から見ると、見つけられるのは、在りうべからざる
失われた年月、すぎさった太陽の光、こだまするチャイム、ゆらめく光
可能なもの。私たちには手が届かないもの。

 

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