フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (35)
横川 秀夫訳

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とんでもないこと
リンダ・ダニエルズを悼む


あの男からの突然な菊の花の贈物になにかしら祝うべきものが
あったのかしら? 不用意にもあなたは
「さようなら、夕食の用意にすぐ戻らなくっちゃ」 と言いながら
うかつに手をさしのべ、軽くあの男にキッスをして
彼を日曜日の夕刻の陽光のラッシュの中に取り残したけど。

スーパーマーケットでの品選び - シャケとお米。
キャッシュ専用レジでの列をつくる必然。
そして家路に着く前の沢山の人たちの中で束の間をホッとする
なにかしらとんでもなく恐ろしいちょっとした間
時間を計算されて、マークされ尾行され。

ドライブ途中、赤く染まった太陽はおだやかに踊り
家に着く。三人の凶漢共はよろよろと薄暗がりから
歩み出て。連中はグロテスクなサラバンドのドラッグに酔い
殺意の光を発し車に近づき
あなたを車から引きずりおろしその体を略奪しなぶりまわした。

溢れるばかりにある食料雑貨店の中、壊れた象牙の扇。
全くに人間の行為ではないとんでもないこと、
先天性色素欠乏症徘徊者どもの網に捕ら
えられ弓なりにされ暴れまわされ。
あなたの、そのあなたの秘められた死の狂宴を楽しみながらの
凶漢共の言葉と歪んだ顔付きは何だったでしょう?

とんでもないことは終り、地獄は中央街のモーテルの下に
滑りこんでいる。けれど此処では、あなたが射殺され
凍てて下水溝の下の雑草の繁った土地に
放置されてからも事態は変ってはいない。
表の芝生で殺人があったにしろ問題ではないのです。

私たちはギリシャ人ではない。
冥府があなたを召し、すべての自然が悲しんでいるのだとは
私たちには言えない。私たちには悲しむに術もなく、また
涎を垂らし略奪品をさばく強盗どもで荒廃した
このとんでもないことに対処する術をも知らない。
あなたの事を思えば
私たちには説明する言葉すらない。
血の犯罪があったにしても誰にも何の償いを得ることも
できない。

私たちは、汚れきった愚鈍が刃物と銃とをもってあざけることを
善しとしている。子供たちの健全な世界が腐敗しているというのに
正義のための私たちの喧騒は怒りと悲しみとによって
危機に立たされている。
知らぬと言うには既にして年齢をとりすぎている、私たちは
若く美しい体が卑猥な足の下で陵辱されたことを知っている。

あなたの最後の苦悶の寂寥、見知らぬ男共の完皮なき強奪!
その後にもまだあなたは生きていたの、誰に
そんなあなたを揺すって慰め得たでしょうか? いま、すべての
失われた理想に向かう私たちのねがいと共に
永遠の生命があなたを取り巻いています。
けれどあなたの死については、なんの解答も為されてはいない。

 

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