フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (44)
横川 秀夫訳

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トム・シンガーのブレスレット


近くの部屋からきこえてくる音楽のように
ぼんやりと光るこの象眼模様の銀のブレスレットを私は何年も
手首にはめてきている。埋めこまれた石は
トルコ石と珊瑚で、それは海と大地とを象徴し、
鈍い重さで、着けていても気にならず、
私は気に入っている、実に美しい。

けれど最近は、年齢からくる血液の一時的な衰えで
手首が皺ばみ、しばしば私はそれを外し
横に置いている。年齢を重ねたこの肉体は
それなりにそばかすの汚れも目立ち
魂という古びた器は頑丈だけれど、
宝石という澄んだ光沢を着けるにふさわしくはなくなっている。

つまらなかろうと悪趣味ではあろうと、ネックレス、ブレスレット、リングといった
ピカピカ光る小さな装身具で身を飾る悪趣味を
私は祖母の虚飾であると考えていた。宝石類は
けばけばしいものではなく美しいものであると気づくまでに
ずいぶんと時間がかかった − 欲望のように粘り強い
石、強烈な火の花、金属。

トム・シンガーの作ったブレスレットは彼自身を表象している。
美しいものを纏っている人は
豊かな身体をではなく神の手細工を誇示しているのだ。
そうした美しさは神の慈愛から涌きだしている。
美、美とは装飾することはできないもの。
このブレスレットは着古されてのち初めてその真価を発揮する。

 

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