フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (46)
横川 秀夫訳

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この世で最後の日
宮沢賢治詩 「永訣の朝」 からの連想


高熱のなかにあって
貴方のこの世での最期の日に
雪が欲しいというのであれば、私は菊の模様のついた
青いお椀に入れて忠実にその雪を貴方のもとへと運びましょう。
私は貴方をその花であると思います。なぜならずっと以前、何年も前の寒い秋に
私たちは知りあい、けれど私たちが初めてキッスを交したのは真冬で、
そのとき私たちは湖の岸辺に風で動く
巨大な氷の砕けるのを互に目撃しました。あの氷塊と
白い地吹雪は、冬のさなかに暖かな人間性の交わりへと
   私たちを一緒に駆り立て 恐ろしいほどに美しい秋に対峙して
太陽の刃は氷のなかに燃えあがり、水晶の雪の花のなかに解け去りました。
 私には貴方とともに行くことはできませんでしょうけど、
地上へと落ちてくる新雪の味はあなたを和ませてくれるでしょう。

そしてもしも私のほうが早いのであれば、私は貴方にお願
いしておきます。そのとき貴方は
 そうして下さるでしょう。私たちは何年もの時間を失いました、歴史も
夢も、子供たちも、家族をもすら、また愛という抽象もすべて。なにものも
雪のように明白ではあり得ません。けれど、私の手を握る貴方の暖かな手は
    私が死の淵にあっても今の貴方のように、貴方の手首の強い脈動は
私の脈に伝わり、貴方の血はこの地上で最期のときの私のために脈打つ
てくれるでしょう。そして貴方は再度平易な言葉をもって、
私の耳に入り込みその手首で私の思い出をミントと白桃とに変えるでしょう。
私は貴方に大地のように明確な言葉で話して下さることを願います。
私の手のなかの貴方の言葉は祝い火となり火の勢いを弱めきつい匂いとなり
、遂には灰以外には何も残らず、私たちの不明瞭な歴史は
地上へと落ちる平易な言葉のなかへ。そして終には、私は
貴方を一人とり残して逝きます。
 

 

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