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第5章 長編叙事詩 (1)

アレキサンダー大王


余の辞書に不可能という文字はない、といった小粋なセリフは

アレキサンダーの頭の中には全くなかった

まして

此の世をば我が世ぞと思う望月の、云々といった

ケチな発想にも全く無縁のアレキサンダー・ザ・グレートだった

 
あらくれの大軍を律し馬を駆り

山を越え河を渡り大草原に戦闘を展開し街を焼き

彼の求めた本当のものは

後のクレオパトラなど足下にも及ばぬ

高貴にして永遠に美しいたおやかな女だった

 
  最強を義務づけられた男の孤独を瞬時なりとも

   かきいだきなぐさめ休息を与えてくれるものは

   汚れなき女のやわらかなししむらと

   珠玉の心の献身だったから

 
ガウガメラの戦でほぼ世界を掌握したとき

アレキサンダーの頭脳を横切ったのは

あくなき征服欲でも金銀財宝でもなかった

何故なら

彼はそんなものは既に神の子としてあり余って

手にしていたのだから

 
ガウガメラの戦勝を完結したとき

アレキサンダーの頭脳に閃いたのは

平和、という言葉だった

 
アレキサンダーは直ちに立って将校どもに向かって叫んだ

命令だ、女を犯せ、と一言

命令は即刻に兵士全員に伝達され実施に移された

 
然しながら情報は電波よりとびっきり精確で迅速で

アレキサンダーが命令だ、の命の言を吐き終わらぬうちに

アレキサンダーの意図は十方に伝播され

 
本能的にことの真実を嗅ぎわけるに鋭い女たちは

いとましい素振りと言動をしつつも

心の奥深くこれを歓迎した

(次ページに続く)

   処女たちは胸にはじらいの好奇をふくらませ

   亭主持ちは久々の自由に胸を弾ませ

   寡婦はめくるめく淫乱に心おどらせ

   老女の目は輝きとびっきりの香料で化粧して

   初潮を知らぬ少女らは女たちによって地下に隠された

 
女たちは驚喜してあらくれ共を迎え入れ

腰をつきあげくねらせ

つわもの共のその精子を

子宮の奥深く吸い込み宿らせたその刹那

わすれな草、とて

その鋭い爪や歯をもって

ますらを共の背中を胸を腹をあるいは尻を

渾身の力を集中しひっかきかみっつき

自分だけ知るその場所に

終生消えぬ愛と憎しみと惜別の悲しみとの混沌の

己自身の形見を刻した

 
大軍が去った後やがて多くの混血児が誕生した

母らはその児にむかって告げた

 
   おまえの父は異国の男

   身体のどこそこに

   私の形見の傷がある

   この無辺の大地の何処かにいます

   何時か父にお会いなさい

   おまえの父は国境超えた

   平和のための

   立派な戦士でした、 と。