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第5章 長編叙事詩 (4)

クレオパトラ
 


― 生、死を孕み、
 
死またよく生を孕む。

ギリシャの大地
その地の果てで

プトレマイオスが

暗い母の胎内から押し出され

呱々の産声をあげたとき

 
一瞬その全身を

エーゲの海に満ち満ちた

恐ろしいほどにまぶゆく痛い

七色の無垢の光の屈折の乱反射に包まれ

そして必然、

プトレマイオスは光のさす

その方角を求めた。

 
場所は

エーゲの海の

はるか南東にあった。

 
光は舞い

     光は踊り

        光は曲り

   光は崩れ

         光は弾け

       光は砕け

     光は澱み

       光は散り

   光は活き活きと

煌いていた

 
プトレマイオスは艦隊を

そのまぶゆい光の方角に向けて進め、

結果、

エジプトの肥沃な大地に到達した。

彼はそこにプトレマイオス王朝を築いた。

 
王朝は三世紀の間続いた。

クレオパトラはその王朝の崩壊を

壮大に飾った
 
プトレマイオス朝の最後の王であった。

― 我がエルブスの末裔クレオパトラよ
お前は光と暗黒との両方を識るであろう。
 

ギラギラとした陽光の下、
権謀術数が暗く重たく吹き荒れるなか、

陽光がきらめき二つの柔らかな風が

豊穣なクレオパトラの草原の上を

二度通りすぎて行った。
 
 
最初のギナエアスからの

柔らかなそよ風と

二番目のシーザーからの

甘い香りのするそれとであった。

 
シーザーがエルブスへと去った混沌のなか
人民の前に立ったクレオパトラの目に涙はなかった彼女はすでにして押しも押されない偉大なプトレマイオス王朝の.女王と変身していたのである。 
 
シーザーを追悼し

  クレオパトラは側近に極秘裏、

    金の舳先、

      銀の櫂

    船体に螺鈿を張り

  厚手の紅色の絹の帆を張った

堅固な船を造るよう命じた。

 
夜半、

ローマの名将アントニウスの軍隊が駐屯する
.タルソスにクレオパトラは黄白色のドレスで.正装しその帆船の金の舳先に優美に立ちながら出現する。
 
おちこち、

無数のかがり火と花火の光に輝きながら

暗黒を背景にその姿は

くっきりと浮かびあがった。

 
「我が前に来たるてよし」

クレオパトラの甘美で琴の調べのような

不思議なリズムをもった言葉は

アントニウスにとっては

天国からのもののように響いた。

 
アントニウスが膝まづき

クレオパトラの手に礼儀正しい接吻をし

互いの眼があった。

 
閃光。炎のゆらめき。紅蓮の炎。

   一瞬、

     互いの眼に肉欲の火花が散った。
    
 
アントニウスはクレオパトラの手から

その真珠の指輪をむしりとり

口に含み噛みくだき、

そして

水晶のグラスから血の色をした

ワインと共に自分の体内へと飲み下した。

 
二人で立つとき

彼らは不思議な光芒に包まれていた。

それは周囲の誰にでも認識される

地上に漂う虹の散乱のような光芒であった。

人々はその不思議な美しさに酔いしれていた。

― 我が運命の娘クレオパトラよ、
お前は光と暗黒とに引き裂かれるであろう。

ローマの空は重たくどす黒い陰謀が
なお渦を巻き

その陰謀は深く狡猾に

アレキサンドリアの中枢にまで

及んでいた。

 
ローマとアレクサンドリアの艦隊が

対峙する

アクテイウムの海は

ぺっとりとして鉛のように澱んでいた。

 
海戦の名将アントニウスの采配は

ことごとく作動せず

突如、その主力艦隊は戦線を離脱し

遠く迂回し

ローマ艦隊の最前線へと移動し、

アントニウスに対峙した。

― オクタビアヌスの嫉妬と陰謀。

 
その時、
 
底しれない暗雲が

ローマから吹き渡って来るなか

彼方、

エーゲからアレクサンドリアとの間に

くっきりとした巨大な虹がかかった。

 
「天国はなく、地獄もない。

クレオパトラよ、

光あるその方角を目指せ、

やがては永遠に至らん。」

 
プトレマイオスの不思議な声が

艦船上にあるクレオパトラを包んだ。

― 無限大、無限小を含み、
無限小またよく無限大を含む。

  我が娘クレオパトラよ汝が生をして永遠たらしめよ。

瀕死の重傷のアントニウスはクレオパトラの腕のなかに.その身を託していた。二人は虹の光芒のなかにあったその光芒のなかでは言語は不要であった何故なら何万語もの言葉に換算される言語たる感情も論理も一瞬にして伝達され.共有されていたからである。光芒は宮殿をすっぽりと包んでいだアントニウスの指がかすかにふるえ何かを指さそうともがいたあら
ゆる意思は正確にすみやかに伝達され
侍女が静かにあの最初の出会いのときの水晶のグラスのなかに.青い液体を入れて運んできた何処からともなくクレオパトラの祖母の声が響いた。
 
「わが愛しの孫娘クレオパトラよ、

 それは
プトレマイオス王朝に伝わる秘薬です。
 それを二人でお飲みなさい。

 お前が生まれいでたときから、

 私には今日のこのときが見えていました。」

 
光は舞い

   光は踊り

      光は曲り

   光は崩れ

       光は弾け

   光は砕け

光は澱み

        光は散り

    光は活き活きと煌き

光は生きていた

 
クレオパトラとアントニウスは光となり

光は無限大の螺旋運動のなかに放散され
 
永遠の営みのなかに埋没して行った。