フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (12)
横川 秀夫訳

BACK        NEXT

 

万里の長城にて


観光バスはぜいぜいと息をきらしマーケットの入り口に向って
煙を吐き出しながら坂道を登り
自転車は陽光にきらめく。露店商人たちは、Tシャツや赤いビロード製の枕や
レースのテーブルクロスやクロワゾンネ七宝花瓶や毛皮帽子、そして
青い壁のプリント模様の薄いコットン製バッグなどの屋台ごしに金切り声をたて
ベッドカバーはテラ・コッタの陸軍模型の上で
大きな旗のように風にはためく。
蝿んぼたちは桃の上にぶんぶんうなり、切符切りは唾をはく
ラクダ使いは
蝿んぼに目をしばたかせながら調子はずれの口笛を吹き笑う
瘠せた写真屋の傍らのひぜんにかかったラクダの手綱をしぼる。
観光客たちは切符もぎのところに群がり、
門にひしめき、トイレの建物を通り過ぎ、
長城の壁に至ろうと坂を這い登る。

坂は急坂。
何百人もの坂を登る観光客たちは手すりを頼りに
喘ぎながら搭へと向かう。
中学生の少年たちの甲高い叫び笑いは静まり
袖口にラベルが付いたままの
着慣れない新調の黒のスーツは花婿には窮屈で
蜜月の新婚カップルは道からそれる。
新婦は二度も目をまばたかせ三インチものハイヒールの靴の上でからだはぐらつき
レース飾りの裾襞と黄色いタフタ織服で崩れ落ちる。

スボン、スラックス、人民服、セーターそしてスカートや
サリーやショーツ姿で群集はひしめき
またある者は物乞いをするために
あらん限りのボロを纏っている。
いちじくをむしゃむしゃと食べながら
観光客たちは群集を押し分け、
絵葉書売りを突き放し
あるいは写真屋に向かってポーズをとり笑ったり
内側の壁に並んで掲げられた
仏塔とジョージ・ワシントンに
つかの間困惑しじっと見詰める

石壁に寄りかかりながら楽しんでいる幾人かは
過ぎ去った直列銃眼のある丘を覗きこみ
ここから何百マイルの
何処か遥か遠い彼方の
沈黙に沈み
時間という苦悩と愛に
ひしがれた
無人の領域へと
地上にうねり
視界を超えてくねりつらなる長城を
あくびをしながら見つめている

 

BACK        NEXT