フィリス ホーゲ詩集 愛と祈りの彼方  (40)
横川 秀夫訳

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彼が育った家


再び家に戻ったとき、ろ過された光を通して
その家は子供のころ自分の家であったと
彼には分るだろうか。涙でかすみあるいはぼやけまるまった
安息の場であった部屋々々。王子を取りまく
厚い生垣の茂みにかかる揺れ動くガラス窓。
彼自身はイボタの木に注ぐ太陽の緑の輝きの下で読書し。
若いころ、記憶により知る限りにおいて、夢の代替としての作り話である
エロチックな挿話を彼は創ったかもしれない。

純粋な恋愛に悩み、そして戦争、そんなころ彼には長く留まることはできなかった。
圧倒するドラマは知性という雲を生き
そしてひび割れは意思を明確にする。極めて身近に理由を聞き得ずして
誰人も愛しあるいは死ぬことはない。
生きて在り、彼は生家を去った、大きな
黒いキッチン・ストーブと擦り切れたリノリウムの家、
居間から離れた温室と裏庭の古い馬車置き場、
中庭のハナミズキ、コデマリ、レンギョウ、ユキノハナ。

 

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