東西南北雑記帳
   BACK    NEXT

詩の翻訳技術あれこれ
自作詩の翻訳

  翻訳という作業は本来原作者に対してもまた読者に対しても.非常に重大な責任を負うものでありますまた詩の翻訳作業においては技術的法則性はなく翻訳自体が翻訳者の創造的力量に負うところが.かなりにあることは.翻訳に携わってきている人たちには言わずもがなのことであろうと私には思われます私は現在フィリス ホーゲ トンプソン の全詩の翻訳の途上にありますが幸いに作者が未だお元気で.疑問点やシチュエーションをイメージできない部分などに.ついては.mail のやりとりで納得の行くまで連絡をしあえますので私の場合は.非常にラッキーであると考えています

  それで今回は自作詩の翻訳について記してみたいと思います私の場合英語詩を日本語詩に翻訳することのほうが日本語詩を英文詩に翻訳することよりもはるかに困難が大である.原因と理由につきましては以前に 「英文和訳と和文英訳」 のなかで記しましたがこのことはおそらく母語を日本語とする翻訳家にとっても同じではないかと私には考えられます。

  これに対して自作詩の翻訳は原作者が自分自身ですので責任といった重さは軽減され非常に自由奔放な作業となります昨年の暮れもおしせまった22日に自作詩 冬至 ができましたのでこれをすぐに英訳して.24日に "Winter Solstice" として英文サイトに発表しましたがその翌日フィリスさんから非常に興奮した長い批評のメールが届きましたその批評文の骨子は3点からなっております

  一つには、詩の全体が Sonnet 形式での韻を踏んでいるというご指摘でした6ヶ所に現れているその韻は非常に近代的な美しいものになっているとまで言ってきております韻という技法は日本語自体にはまったくなくこの 「冬至」 を英語に置き換えた作業のなかでも勿論私には韻といった考えは毛頭ありませんでした偶然にそうなったとはいえ私にとっては仰天すべき驚きでありましたフィリス詩のなかにも.韻を踏んだ作品が幾つもありますが「西洋詩の翻訳で韻を踏んだ作品を五・七の日本的な定型で現そうとした試みは,悉く失敗した」 というどなたかの一説は,私の記憶に深く刻み込まれておりましてそうした韻を踏んだ作品の日本語への翻訳に対する.形式的ではない見えない技術は.私なりに開発して持ってはいますがフィリスさんからの今回のご指摘は私にとって実に驚き以外のなにものでもありませんでした

  二つ目にこの作品には、ワーズワースがウエストミンスター橋の上から読んだ非常に有名なロンドン市街の風景詩に呼応するものがあり「2003年12月東京にて」 を副題に入れれば直ちに欧米の読者の頭脳のなかでワーズワースと結びつくでしょうというものでした彼女の手元にはその本がないので.全文は引けないが諳んじているその一節も送られて来ていますので、参考としてこのこの項の終りに記します

  三つ目に、最後の一行 「久々」 を私は辞書から取ったそのままの after a long silence としたのですが、これの a を削除して after long silence にすると、イエーツの世界とも繋がって行く、と言って来ています。 "After Long Silence" はイエーツのこれもまた非常に有名な優れた詩である、とのことです

  イエーツをもワーズワースをもまったくに読んだことのない私にとってとてつもない批評を頂いたわけですが考えてもみれば 「東と西」 というテーマは私にとって大変に重要なものとなっております或る意味では東と西とのささやかな融合を指摘してくれているこの批評は私にとって望外の喜びでした偶然の結果とはいえこの暮れから正月にかけ私はこんなほめ言葉をいただいて最高にうれしい


参 考
 − William Wordsworth の詩の一節

This city now doth like a garment wear
The beauty of the morning.
Silent, bare
Ships, towers, domes, theatres and temples lie
Open unto the air and to the sky
Never did sun more beautifully steep
In his first splendor valley, rock or hill
Ne'er saw I, never feltt a calm so deep.
The river glided at his own sweet will.
Dear God, the very houses seem asleep
And all that mighty heart is lying still. " 

( 2004/1/01)

BACK    NEXT