東西南北雑記帳
   BACK    NEXT

詩の翻訳技術あれこれ
何を・如何に (1)

  二年前、シカゴからニュー・ヨークに飛び友人たちに会い、さらに足をのばして.アルバカーキーのフィリス・ホーゲ・トンプソン を訪ずれました。この旅の主要な目的の一つは、そこで.ジーン・シャノン.に会って彼女の日本での詩集出版の打ち合わせをすることにありましたが、私の目論見はすべて思い通りに運び、シカゴとニュー・ヨークでの話と同様に、此処でも実りのあるものとなりました。

  アルバカーキーで、車の助手席にいる私に、「翻訳の仕方について、貴方自身の何か特別な考えがありますか」 と車を運転しながらのフィリスさんに.何気なく尋ねられましたので、「何を (what to say) と 如何に (how to say)」 は、詩にとって二つの要素だと思いますが、私は、何を、と言う事に注目して翻訳してます。 ああ、そう、という雰囲気で.フィリスさんは頷いただけでしたが、この 「何を (what to say)」 と 「如何に (how to say)」 ということについて.少し考えをまとめてみたいと思います。この件については、おそらくかなりに様々な側面について語らなければならず、相当に長いものとなると思われますが、今回は、リトアリア詩について考えてみたいと思います。

  リトアニア詩の翻訳に手を染めてから、既に二年を経過していますが、当初の目論見よりもかなり遅れてしまっています。これはあちらこちらとあまりに手を伸ばしすぎてしまって、その結果いつも追われているような.心理状態に陥ってしまったことが.一つの原因ですが、それでも昨日10人目の Jurgis Blekaitis の2篇の詩を訳し終り、ホッと一息つくと共に、フィリス・ホーゲ・トンプソンの末訳のおよそ百篇をも含め、あと何百篇の詩を訳さなければならないのか.分りませんが、この詩人 Jurgis Blekaitis があるのだから.やり抜けるだろう、と思った次第です。非常に素晴らしい詩となっていて、深く感動しました。「何を・如何に」 の両者が渾然と融合し、実に美しい詩となっています。勇気も与えられました。おそらく将来、世界の名詩の一つに数えられるのではないか、とすら私には思われます。ただ、先を急ぐ関係上、訳文に対する日本語としての推敲は.まだ十分ではありませんが、これについては、その内に、と考えている次第です。

  一篇の詩をもって、その詩人を云々することは絶対にできません。この見解からすると、巷間よく編纂されている一人一篇の詩からなるアンソロジーといわれるものは、ある意味では登場する詩人たちにとっても大変に危険です。リトアニアの、おそらくは国家プロジェクトとして編纂された、リトアニア大使館が提供する Lithuanian Poetry はこの点において、素晴らしい配慮が為されています。最低で一人数篇、多い人は数十篇の詩が掲載されています。従って、総数で何百篇あるいは千何百篇の詩が掲載されているのか、今のところ全くつかめません。その上に、時折まだ新人が付け加えられてきています。蛮勇かともおそれますが、ここまで来たら、そして Jurgis Blekaitis があるのだから、如何でかこの前代未聞の大量翻訳という机上の土方仕事、やり抜かざるを得べけんや、と思っている次第です。

  それで、原語はリトアニア語、時にロシア語であったりポーランド語であったりなのですが、既述のように発表されているのは英訳されたものです。これは? と思える英訳文もなかには無きにしもあらず.なのですが、「何を」 という観点に立つ限り、さして問題はないように考えられます。この点について正直に記せば、私の英語力はそんなに大したものではありません。貿易・海運・法律といった分野では問題なくプロ並みですが、文学となると恐ろしく英語の語彙に乏しく、辞書にあたらなければならない頻度が極端に多いのです。けれども、言語感覚といわれるものは、才能といわれるものに負う部分が非常に大きいのです。それで、「何を」 というポイントを見つめている限り (無論 「何を・如何に」 の両者は詩の両輪で絶えず相互に依存しあっているのですが) 信用して下さって大丈夫です。

  だいぶ長い文章になってしまっています。今日はこんなところで、次回以降に論を譲りたいと思います。

 (2004.8.15)

BACK    NEXT