東西南北雑記帳
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詩の翻訳技術あれこれ
文語・口語・詩文調

    前回の予定では、今回は漢字の世界について書くはずでしたが、この予定は先延ばしして、先ほどふっと頭に浮かんだ事柄について記してみたいと思います。今までどれだけの詩作品を翻訳してきているのか数えてみたこともありませんが、私はかなりの量の翻訳をこなしてきています。それで、今日から草野心平の作品の翻訳に手を染め始めました。これは必要に駆られてのことで、この7月から英語版の Poem of This Month ではメンバーの自作詩朗読ではなく、それぞれのメンバーが好きな他の詩人の作品を朗読することに変更されます。メンバーそれぞれどんな方向で自分の朗読する作品を選択するか現在のところ私にもわかりませんが、私は私自身の英訳での草野心平作品を朗読することで気持ちが落ち着きました。それで心平詩のなかで私の一番好きな "Bering Fantasy" の翻訳にとりかかったところです。

 今日もまたきつい二日酔いのなか、ゆっくりじっくり何度も読み返し全体像を再び頭に入れ、この "Bering Fantasy" の第二連までを済ませましたが、かなりな二日酔いのなかのこととて気力が続かず疲れました。それでふっと思いましたことは、考えてもみれば今まで行き当たりバッタリに良くやって来たなあ、という実感であります。現在のこのコンピューターには百科事典をも含め幾つもの辞書類がインストールされていますが、自作詩の翻訳を始めた10年近い昔は高校時代から使ってき たクラウンの和英と英和の二冊の辞書しかありませんでした。現在の状態から比べたら驚くべきところから始ったものだ、とつくづく思います。それでも 200篇からの自作詩の英訳を完遂し、ホームページを設けこれを発表し、このホームページも徐々に内容も整備され音声をも搭載し現在のサイトにまで成長してきました。 なにごとも飽きずにやってはみるものなのでしょう。

 朗読が始り、自身の翻訳になる自作詩の朗読をしながら、文語調というのか直訳調というのか、当時のこなれていない翻訳の未熟さが良くわかります。それは一口で言えば、声の欠如、と言えるものだと思われます。Sound of Romance を追求する米国の女流詩人 Mary Rising Higgins のことについて以前に何度か触れましたが、今頃になって音感に関して彼女が私に指摘してくれたことが実に良くわかるのです。あまりひどいところは朗読のたびごとに校訂していますが、過ぎ去ったことがらに拘泥するのもナンですから、少々のことはそのままに放置して 朗読して いるのが現状です。非常に僭越ですけれども、私ほどに量をこなしている詩の翻訳家はそんなに沢山はいないはずです。フィリスさんは折につけアメリカで翻訳家としても私を売り出して下さろうとしているような気がしますが、私自身はあまり乗り気ではありません。何処にも所属せず、何々家という肩書きも持たず気の合う人たちとこうして一緒に詩のサイトを運営していることが一番楽しい、といったところです。

 それで、Mary Rising Higgins が言ってくれたことは 「何を・如何に(3)」 のなかで述べましたが、要は "Light blue of the corridor wall" (廊下壁のライトブルー)ではなくて "Light blue corridor wall"(ライトブルーの廊下壁) とした方が良いと言うものでした。この件については全体の詩の構成という面から私は採用しませんでしたが、この指摘は今頃になって一般的に私には非常に効いてきていて上記で私が英訳の文語調あるいは直訳調と言いましたのは、このことを言っています。何事においても私は実践で身につけてきましたが、彼女のこの指摘は私の英訳の基本姿勢に対して非常に巾の広い影響を与えてくれています。

 ふりかえって見ますと、ガンジーを除いて、私の詩の翻訳は会ったことのる詩人の作品に限られています。無論、現在進行中のリトアニア詩の詩人たちには会ったことはありませんが、これも私の知っている人との関係において成立しています。それで、今ふっと思ったことですが、中国本土の魏剛くんへの日中翻訳の依頼は尻込みする魏くんに対して依頼というよりも命令といったもので、「魏さん、いいかい意志があれば何だってできるんだ、やれーっ」 「あーっ、はっハイ」。 苦節8年、教授をうならせ感動させた魏くんの残した修士論文をつぶさに読んで知っていたからのお話でありました。 博士課程への進級を薦める私の要請を固辞し、ゆくゆくは日中辞典の編纂をしたいと言っていた魏剛くんですが、多分、いや間違いなく "Poetry Plaza" なき後の将来も彼は詩の翻訳の道深く入っていくであろう、と私は観測しています。 

 大量な自作詩の英訳からはじまりそれを完遂し翻訳に関しては素人であった私は、その後実に良い被翻訳対象に恵まれました。Phyllis Hoge Thompson, Jeanne Shannon そして Aftab Seth、と立て続けに気持の通じあい判らないところは非常に懇切な解説を得ることができる存在があったからです。かって Phyllis Hoge Thompson が私の英文詩集 "at Dawn" に目を通し 「これだけの英語になっているんですから原文の日本語は素晴らしいんでしょうね」 と言ったと伝え聞きました。名誉なことです。それは、「如何に」 よりも 「何を」 を豊富に持っていたからでしょう。

 それで、以前にも記したことですが英和翻訳の場合、「何を」 について明確に把握した場合、翻訳文の方が原文を凌ぐ場合があり得るのです。それは日本語の複雑性に起因するのではないか、と私には考えられます。けれどもこのことは、机上の観念的な作業からはもたらされ得ません。単なる詩の技法(レトリック)などに関する知識からももたらせられ得るものでもないのです。そこいら辺のことを書き出したら長くなりますので、このことは後の稿に譲るとして今回はここいら辺で筆を置きます。次回は予定の 「漢字の世界」 としたいと思います。

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