東西南北雑記帳
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詩の翻訳技術あれこれ
詩の朗読 (ゴータマ・ブッダ覚え書き)


今般、7月1日付の英語板に私の歴史長編叙事詩 「ニルヴァーナ」 のアフターブ・セット氏による朗読を収録しましたが、これにまつわる私の雑々の思いを記してみたいと思います。

誰もがそうであるように、私もまた学生時代にはかなりの読書量をこなしておりましたが、そのなかにカール・ベックの 「仏教」  という大著がありました。フロイトやユンクなども広くよく読まれていたころの時代のことであります。ドイツ人 カール・ベック の、あるいはゲルマンの驚くべき学術魂に驚嘆しながら読み終り、同時に膨大な仏教という宗教の体系の概要を知りえたことは、その後の私にとっては至福でありました。今般、日本語での初稿である私の 「ゴータマ・ビッダ(覚え書き)」 に関する歴史的事実はすべて 「中村元全集」 に負ものであります。中村元の、これもまた瞠目し驚嘆すべき学術魂にも深い畏敬の念を抱いた次第であります。

世界史にテーマをとった私の長編叙事詩はこれで五篇になりましたが、具体的にゴータマ・ブッダに取り組みはじめてから十年余の歳月を費やしていることになります。然しながら、その原点を求めれば、それはおそらく 五十年ほど前に読んだカール・ベックの 「仏教」 に由来し、中村元によってその結実をみた 、と言えるかもしれません。いいえ、そう断言され得ます。

それで、ちょっと話題を変えましょう。予定していたスタジオ録音のためセント氏と六本木駅出口で落ちあい、そこからすぐ近くのスタジオに赴き原稿を渡し 、簡単な打ち合わせの後、私は音響設備の整ったエンジニアリング室のエンジニアの横に座り、 一人用のブースから流れてくる氏の朗読に耳を傾けておりました。大型スピーカーから出てくる朗読音声には迫力があり、私の依頼したジョナス・アイスチスの 「感覚」 の朗読が終りました。次に、私の 「ニルヴァーナ」 に移行しましたが、その直後に 「あれっ」 と私は思いました。朗読の仕方がそれまでのものとまるで違うのです。氏の詩朗読に私は無論長い間なれ親しんできておりましたが、今までとはまったく異質であることに気付いたのです。

私はかってニューヨークのインド料理のレストラン/・バーで、当時勤務先で同僚のキャロル・ヘンリー女史と夕食をとりながらスコッチを二人で楽しみおしゃべりの時間を楽しんでおりましたが、夜も更けて十一時すぎになりましたら、サービス のショー・タイムになり、詩の朗読が始まりました。巻き舌的で非常に不思議で美しいリズムとイントネーションをもった独特な発音の英語朗読でありました。女史と私とはお互い話に話がはずんでおりましたので、私たちは 話し、聞き、笑い、食べ物をつまみ、飲みそしてまた互いに笑いながら話し、BGMを楽しむような気分でその朗読を流し聞きでおりました。が、その語り部的な詩の朗読は、今になっても私の記憶のなかにこびりついております。
( これは、二十数年も昔のことです。あの飛びぬけに陽気でやさしく誰にでも親切だった彼女も、今はもう居ません。手遅れの、癌でした。)

今回のセット氏の 「ニルヴァーナ 」 の朗読は、あのときの記憶に私を誘いこみましたが、あれとはまた異なったものとなっております。 「マハーバーラタ」 と 「ラーマーヤナ」 を有するインドは詩の朗読の国であることは広く衆知の事実であります。氏が若いころに (オックスフォードで学んでいたころのことだと思われますが)英語詩朗読の東西 両横綱であった二人の朗読をレコード盤が擦りいれるまで夢中になって聞いていた、とかつて私に述べておりましたので、なるほどなんだろうなと、私には思われ ました。

氏の朗読が終り、「ご苦労様、僕のテキストを変えないといけなくなったね。次に僕が読むけど、どうしますか?」  「うん、ちょっと用を足して一時間ぐらいしたらまた戻るよ。」 それで私はブースに入りましたが、さっぱり口が思うように動かず、自分自身の英語発音ができません。ざっと流しただけで予定していた朗読は止めてしまいました。今回、英語版のトップページに収録し その時に予定していた 「あなたの魂(Your Soul)」 の朗読はその後、私の自宅で私自身がi録音したものです。

この稿に関してあと二つほど重要な事柄をつけ加えます。一つは、上記の私が言った 「僕のテキストを変えないといけなくなったね」 についてであります。

ゴータマ・ブッダの教えは分りやすく広く言われているように 「四諦八正道」 であります。が、私が書いた 「ゴータマ・ブッダ(覚え書き)」 の日本語原文にはその言葉もその具体的な説明めいた文章も現れてはおりません。それは、宗教から離れて人間としての仏陀を書いてみたいという当初からの考えに立っていたからです。ただし、英語訳は 、全体として日本語原文の半分近くにまで縮められておりますが、苦集滅道という 「四諦」 については事典のなかの英語訳を採用して簡略に記しました。けれども、八正道についての具体性については触れられてはおりません。 

セット氏の朗読を聞きながら、二・三私の原文と違った表現に私は気付いておりました。私にとってそれらはどちらでもよく、氏の表現のほうが良いな、と感じ る程度のものでありました。 第六章と終章にわたって、かなりに原文が修飾されていることに気づいてもおりました。更に、マスタリングを終了しスタジオから送られてきた音声を原文に 再度目を通しながらの編集に入り、そして確認しました。それは八正道と共に、汎神論あるいは宇宙生命観的な考えについて、仏教とは無縁な英語圏の人たちにも非常 に 聞きやすく判りやすい、短く簡潔な補足説明的修飾の手が入ったものとなっています。数ヶ所の部分的な読み直しを含めて一気の 五十数分間。驚くべきスタミナと精神の集中そして素晴らしく冴えた頭脳のフル回転を、それは如実に示しております。 原作者として私はこの事態を良しと認め、原文を朗読にあわせて修正し Nirvana のタイトルの直下に 「本朗読に際しての宗教的監修は朗読者自身によるものである」 と記して、編集を終了させた次第であります。然しながら無論のこと、本来のオリジナル文は英語版 "at Dawn" のページに変更はなく、その侭収録されております。

この長丁場の朗読は、なにも今回に限ったことではなく、それぞれ日印五十周年と日印協会百周年を記念して催されたインド大使館による二回の氏の詩の朗読会は、二時間に及ぶ長丁場の詩の朗読を、台本をまったく見ずに行われておりました。たまたまその どちらかのイベントの席上、ドイツのケルン大学の美学の教授のスピーチがあり、 非常に滑らかで美しいアメリカ英語の発音で次のように述べております。

「私は詩の朗読に大いなる興味を持って参っております。無論、ヨーロッパ各地での詩の朗読もたくさん聴いてきており、アフターブ・セット氏の朗読も何度も 拝聴しております・・・・・・今夕のこのステージは公式の場であります。口頭ではありますが、私は 正式に詩朗読の巨匠という公式の称号を此処この場所において氏に授与するのであります」 と。

最後に、二つ目を付け加えます。

上記のように、詩の朗読録音は終りました。スタジオのすぐ近い立ち飲みのピールを提供してくれているスタンドで、それぞれジョッキ一杯のずつの生ビールを飲(や)りながらのほんの一刻。別れ際、図らずも二人共同時に両の掌(たなごころ)をあわせての 「ナマステ。」

さて、私にとっては長い間の懸案でありましたニルヴァーナをこの Poetry Plaza のため、パソコンによる最終的な画面と音声の編集に入りました。幸いに伊藤泰助氏の貴重な写真と  Masataka Yamagami  氏の聖なる仏教音楽にも恵まれ、ニルヴァーナの朗読番組は成立しました。番組の編集を 最終的に終了して、私にふっとした思いが浮びました。ヘッセ もあった、親鸞もあった、道元もあった、だけど仏陀って何だったんだろう なと、再び。

編集中の最終ページが目に入りました。あっ、此処に余白がある。私はその余白に、その時ふっと私の頭のなかに浮んだ文章を付け加えました。
Gautama Buddha has neither verticality nor horizontality.
What he has is a boundless space, concluded in zero, dot, the period.
(仏陀には水平も垂直もない。あるのはゼロないしは点に帰結する終止符であるところの、
広大無辺な空間である。)
と。

私をして仏陀を書かしめたのは、カール・ベックであり中村元であります。そしてまた同時に、多くの魂であったと私には思われるのです。私はこのアフターブ・セットによる "Nirvana" の卓越した聖なる朗読を、誇りをもって英語圏のみならず、世界中の人々、そして英語学習にいそしむ多くの若者たちもに楽しんでいただきたい、と願っている次第であります。
 


欄外になりますが、Poetry Plaza にはいまだ一つの懸案があります。それは、私の英語版による 「クレオパトラ」 の朗読であります。この件は同人のジーン・シャノン 氏に 依頼をしてあり、彼女も折を見て読んでく ださるはずであります。 蛇足ながら、御期待を乞う次第であります。

ああ、それからいま一つ。英語版のトップページに We recommend をタイトルとして、リンクのページを付け加えました。そのなかに、Jessica Lopez のYouTube での詩朗読を転載してあります。英語に興味のない方でも十分に楽しめるビデオでの詩朗読のパフォーマンスが収録されています。詩の朗読にも様々な技法ないし方法があることに気付かれると思われますので、YouTubeより敢えて転載させて頂きまた。

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