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第7章 プライバシー (3)

夜明けの歌


五時三十分になった

身体が汗ばんでベトついている

夜はとっくに明けた

朝だ

外へ出てみるとするか

 
パジャマ姿で

書斎を抜け出す

表通りに出ると

畑の中に自転車が置かれている
 
畑の真ん中で

手ぬぐいを被ったモンペ姿が

うづくまって雑草取りの畑仕事

働きもんだなあ

こんな早くから

 
陸橋を斜めに車が流れた

雀が鳴きながらはすっかいに

良く育ったとんもろこし畑の上を

かすめて飛んだ

電線が空を切ってる

 
ニュージーランド沖で発見されたが捨てられた

恐竜らしきものの死骸のことを詩にしようと

一晩中考えてて

全然眠ってないものだから

眼がチカチカする

 
紫陽花の葉の濃緑が豊かで厚い

垣根の内側に

咲いたばかりの鬼百合と

薄紅色の薔薇が

とてもきれいだ

生きている

 
反対側のむこうでは

百日紅が煮えるように赤い

手入れされた芝の緑も

目にしみて鮮やかだ

 
ブラブラ歩いて行ったら

自分の借りている畑の入り口にきた

ああ、そうか

畑にでも寄ってみるとするか

 
入り口にびっしりと雑草のはびこう

全部で二反歩はある平等に区切られた貸畑の

やや北西寄りのど真ん中

そこの区画がわが数坪の借り畑

 
ナス、キュウリ、一口トマト、ピーマン、カボチャ、普通のトマト

その他、北側の一尺ほどの巾に帯状
数種類の花の種を播いたのであったが
全く芽を出さず雑草チョビチョビ

 
自分で作る畑ナンカ初めてのせいか

まるで手を入れぬせいか ー その両方だろうけど

どの作物もまるで背が低い

ナスなんかとなり近所のものと比べたら

半分もない背丈で何とも貧相である

が、驚いた

ナスは沢山なっていて食べごろも沢山ある

枝や葉を傷つけないよう注意して採る

一・二・三個まで採ったが

 
雑草が邪魔だ

数は少ないがナスよりも背が高い
 
採ったナスをまとめて道の片隅におき

雑草を抜く

 
あああ、ピーマンは一個だけなってるが

赤くなりかけてしまっている

あれ、採ったナスは何処に置いたっけ?

ああ、そうだあの片隅だ

 
なんだろうこのトマトは

みんな倒れてしまってグワシャグワシャだ

ありゃりゃあ

いっぱいなっているなあ、それにしても

だがこれでは土に着いて腐ってしまう

やはりトマトには支(て)をやらなくては駄目だということは本当だ

 
なんだあ

同じ木で根元から何本にも分かれているよ、これは

 
ありゃあ

この支幹(えだ)には一個も実がついてない

剪定してやらなければ

良い実がならないということももっともだ

せっかくの養分も無駄になってしまう

 
自分はこの畑を借りるとき思ったっけ

真冬にキュウリを食べれるような近代農法は邪道であり

作物は作物だ

つまり自然のままが良い、と

 
それはそうなんだ

そうなんだ、が

野放図にしてしまっては

例えば今のこのトマトの状態だ

これではいけない

 
これでは自分という存在も自然の一部である、と

標榜していながら

自然から離れているということになってしまう

自然というものは愛なのだが

その愛を放棄してしまっているということだ

 
トマトは人間に食べられることによって

その自然

即ちその愛をまっとうする

決して野放図に成長し枯れて行くのが

トマトの自然ではないわけだ

 
自分はトマトや他の野菜や果物のことを言っているだけで、

この論理を他に代用されては困る

 
つまり人間に食べられてしまうということは

トマトの運命とか宿命とかいうものではなく

それがトマトの自然なのだ、ということだ

 
ん、この熟れぐあい、手頃だ

食べてみよう、

ゴシゴシゴシ

無農薬で肥料不足のトマトを一個採って

ズボンの脇でふいて食べる

 
うまい、

なんでこんたにうまいんだろう

故郷(くに)のおふくろが自分のまだ幼いころ

そういえば言ってたことがあったなあ

 
「米は痩せた土地からとれるの方が

  うまいんだってで」

 
そうすると

こんなにおいしいトマト

自分は久しく味わったこともないが

これはこの黄土色の土地の

痩せているせいなのだろうか

それとも

野放図に育ったせいかなあ

 
わからない
 
とうしてだろう?

 
それではお前は何のために生きるのだ、という
 
まるで哲学的な問題が
 
何の関連もなく、ふっと
  
自分の頭の中に沸いた

 
そんなこんなでとりもなおさず

収穫は、ナス七個、一口トマト四個、トマト二個、キュウリ三本、ピーマン一個

かかえきれぬ

パジャマの裾を丸めて包む

 
帰りがけ

平屋の屋根のテッペンに雀が一羽

ちっちゃな体のちっちゃなクチバシをいっぱいにあけて

チッチチッチ叫んでいる

 
獲物でふさがった不自由な手で

扉を開け家に入る

収穫物を水にひたす

まだみんな眠っているようだ

 
書斎に戻ると

ここは夜みたいに

電灯がつけっぱなしだ

 
カーテンをあけ窓をあけ放つ

朝がいっぱいに流れこんでくる

 
カチカチカチ

柱時計の音も元気になった

 
要するに

生きよ、ということなんだろうな、たぶん

ふと

そんなことを思う