東西南北雑記帳
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詩の翻訳技術あれこれ
リトアニア詩の幕開け
在日リトアニア大使館に掲載されている、英文によるリトアニア詩の日本語翻訳がやっとスタートしました。このリトアニア詩の日本語訳へのきっかけは、あるリトアニア女性と話をしていて、リトアニアについての私の質問に、リトアニアの言葉はサンスクリット語(梵語)と同じです、という聞いてすぐにびっくりする彼女の答からでした。さらに、サンスクリット語で仏陀が眠りにつくことを
「ニルヴァーナ」 (涅槃) と言うはずですが、現在のリトアニアの日常用語で眠ることを 「ニル」 と言うのに通じています、という説明に私はほとんど驚愕しました。インドの南端の消えてしまったと理解していた言語がまだ生きている、それもあの遠く離れたバルト海沿岸で、一体にこれはどういうことなのだろう、知識に疎い私の飾りのない正直な実感でした。
それがきっかけで、私はリトアニアについて調べ始めました。まず、コンピューターに内臓してある百科事典にあたり、さらにインターネットで丹念に検索、すぐにリトアニア大使館にたどり着きました。そこで更に驚きましたのは、そのリトアニア大使館のホーム・ページに、夥しい量の英訳されたリトアニアの現代詩が掲載されているのを見つけたことです。この事実は日ごろ詩に携わることに、なにかしら非常に肩身を狭く感じさせられている私にとって、再度の驚愕でした。ほかの国々に類を見ない、現代詩を前面に打ち出した、国家としてのその姿勢に、私は真実感動し、深い尊敬の念を抱いた次第です。こうした事柄が、私をしてリトアニア詩の翻訳を.このホームページに登場させることになった経緯ですが、サンスクリット、ニルヴァーナ、ニルといった言葉が連鎖して作り出すイメージの世界に引き続いて、この 「リトアニアからの叫びと祈り」 のページは、開始早々、更に意外な側面を提供しだしているようです。
リトアニア大使館のホームページに作品が発表されている詩人は92名、そのあまりの多さにまだ実数をあたってありませんが、掲載作品の数は全部で千篇はゆっくりあるか、と見積っています。掲載の順序は姓のABC順で、従って、トップに掲載されているのが、Jonas Aistis (1904 - 1973)です。訳文の方も同じ順序でやって行くつもりですが、そのトップのトップを飾る作品が
「聖セバスチャン」 です。この詩について、少々解説めいた説明をしてみたい、と考えます。
聖セバスチャンという人物については、残念ながら、私にはまったく知識はありません。しかしながら、この詩を読む限り、そうした知識はさして重要ではありません。この場合、しかし、聖セバスチャンを作者自身である、と理解するのが読み方として順当である、と私は考えます。そして、全体としてこの作品は作者自身の宗教体験を表白したものである、と考えると、より深い理解が可能になります。ポイントは、作者である
Jonas Aistis は 「神」 という概念をどのように持っているか、という点にあります。
第一連は、神に対する畏怖(おそれ)について記述します。続いて第二連では、神の慈愛についての表白へと変って行きます。第三連に至り、自分は神を崇(あが)めてきたが、いま、神は自分に近づいてくる、と言っています。最終第四連では、その結果としての宗教的法悦を記述し、神に対する深い畏怖を再度表白して終ります。
詩の骨格は上記のようになっており、非常に明晰な表現で記述されていますが、本当に注目しなければならないポイントは、第三連の
「何と言うことだ、ああ神よ、貴方は私に近づいてくる」
にあります。作者は表現には慎重で、第四連で宗教的法悦と再度の畏怖とで問題の、神が近づいてくる、という行を薄めることに成功していますが、全知全能である絶対神が人に近づいてくる、と言った表現はおそらく、神学にとってはご法度であるかもしれません。
しかしながら、これを仏教的な 「悟り」
といった立場から見ると、非常にわかりやすいところとなります。いや、むしろ、宗教の相違を超えて、仏教的な智恵がどこか非常に深い部分になければ、こうした素晴らしい詩は生まれてはこない、と私には考えられます。
かく、「リトアニアからの叫びと祈り」
は連鎖して、なんとなく因縁めいて始まりました。それで上記を書こうと思いましたら、久しぶりに英語詩ができました。これを書いている5月21日夜、すでにその英文詩は英語サイトの "Total
Direction"
にインプット済みですが、参考までに日本語訳を下に記しておきます。
認 識 論
無神論、有神論どちらに対しても私は
肯定的でも否定的でもなかった
そして最近、リトアニアの詩人ジョナス・アイスチスが
次のように記していることを知った。
<貴方は私の方へやって来る、おお神よ、その光>
こうしたタイプの認識が
絶対神を信ずる人々の内から生まれてくることを
私は想像だにしたことはなかった
ジョナス・アイスチスはまちがいもなく真の詩人だ
( 2003/6/01)
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