その路線は乗り換えが多く いつも汽車はガランと空いていた 山あいなので汽車は動いたり止まったり その度に妙な音をきしませながら ノロノロと地をはうように目的地に向っていく 汽車には各車両ごとに二個のダルマ・ストーブがあって 客が勝手に石炭を投げ入れたり 手をかざして暖をとったりした 車窓からいくつもの炭鉱住宅が山麓に並列しているのが見えて 夕暮れ時などに通過すると それは異国の旅に出会った見知らぬ風景のように じっとりと心に哀愁をしみこませるのが常だった
昭和二十六年ころのことである 私は大学から出張医師として 月に二度ほどこの炭鉱病院を訪れた 寝ようと思っていたら看護婦が来て 「先生 お産の往診依頼があります いかれますか」とのことだったので すぐ出かけられるよう手配を頼んだ 戸外に出ると こんこんと大粒の雪が
まっすぐにあとからあとから落ちてきて,見上げる私の頬を濡らした 馬橇に揺られて患家に着いたのは午後十一時ころだった
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患家は炭鉱住宅街を離れたゴタゴタした 路地の奥にあった 粗末な引き戸を引くと 子どもも大人も 大勢の人が心配そうに私を見た 私は 自分の座る場所を見つけるのが.やっとの思いだった 部屋が一つしかないのだろう 誰も動こうとはしなかった 部屋の真ん中で大きな薪ストーブが音をたてて燃えていた
「先生 ちょっと前から急に容態が変わりました」. とついていた助産婦が言った 私は患者の顔を見てびっくりして 手をとってみたが もう脈はなかった すでにこと切れていた 「昇天です」私が言った時 助産婦があわてて聞きかえした,
「昇天って ああ 先生・・・・・やっぱしだめですかえ」部屋全体が一瞬.水を打ったように静まりかえった
私は産婦の腹部に手を当ててみた 胎児の手足の一部を腹の上から.容易につまみあげること
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